軟骨無形成症の医学

ニュース

「なぜ身長が低くなるのか」が分かり、「治療を研究できる」時代へ

軟骨無形成症について、医学の世界ではこの数十年で大きな進歩がありました。

以前は、軟骨無形成症は主に「身体的な特徴や合併症を管理する疾患」として捉えられていました。

しかし現在では、「なぜ軟骨無形成症になるのか」
→「どの遺伝子が関係しているのか」
→「その遺伝子が細胞の中で何をしているのか」
→「その仕組みをどう調整すればよいのか」
→「実際の治療薬として安全に使えるのか」

というところまで研究が進んでいます。

その歩みを、日本のご家族にも分かりやすく整理してみます。


① まず「診断」があります

軟骨無形成症は、身体所見やX線画像などから臨床的に診断できる場合があります。

一方、現在では遺伝学的検査によってFGFR3遺伝子の変異を確認することも可能です。

国際コンセンサスでは、典型的な身体所見がある場合には臨床的に診断できる一方、出生前や特徴がはっきりしないケースでは、遺伝子検査が診断の確認に役立つとされています。[1]


② 「どの遺伝子が原因なのか」が分かった

軟骨無形成症を理解するうえで、大きな転換点となったのがFGFR3遺伝子の発見です。

1994年、軟骨無形成症の原因がFGFR3遺伝子の変異であることが報告されました。[2]

現在では、軟骨無形成症のほとんどで、

FGFR3
(Fibroblast Growth Factor Receptor 3:線維芽細胞増殖因子受容体3)

という遺伝子に特定の変異が存在することが分かっています。

国際コンセンサスによれば、軟骨無形成症では、

p.Gly380Arg(G380R)

という変異が約98~99%を占め、その多くがDNA上の

c.1138G>A

という変化によるものです。少数では

c.1138G>C

という変化もあります。[1]

これは「軟骨無形成症だから身長が低い」というところから、

「FGFR3という遺伝子の特定の場所の変化が、骨の成長に影響している」というところまで、医学的な理解が進んだのです。


③ FGFR3は「骨の成長のブレーキ」

では、FGFR3は何をしているのでしょうか。イメージとしては、FGFR3 = 骨の成長にかかわる「ブレーキ」と考えると分かりやすくなります。

通常、骨の成長では、さまざまなシグナルが「成長を進める」「成長を抑える」というバランスをとっています。

FGFR3は、その中で骨の成長を抑制する方向に働きます。

ところが軟骨無形成症では、FGFR3の変異によって、この「ブレーキ」が必要以上に働く状態になります。

その結果、成長板にある軟骨細胞の働きが抑えられ、特に長い骨の成長に影響します。[1][3]

Morrys C. Kaisermann医師の「Treating Achondroplasia」では、この仕組みを、自動車のブレーキが必要以上に働いてしまう状態にたとえて説明しています。[3]

これは、専門的な分子生物学を家族が理解するうえで、とても分かりやすい考え方です。


④ 「原因が分かった」から「治療を研究する」へ

FGFR3の役割が分かると、研究者たちは次の問いを考えるようになりました。

「FGFR3が働きすぎるなら、その働きを調整できないだろうか?」

ここから、軟骨無形成症の治療研究が大きく動き始めます。

Morrys C. Kaisermann医師は、2012年に始めた「Treating Achondroplasia」の中で、この研究の流れを継続的に紹介しています。これによると、2003年にはすでにFGFR3を治療標的とする考え方が論文として発表されていました。

そして、2012年には、現在の治療研究につながる**vosoritide(ボソリチド/日本での製品名:Voxzogo®)**の臨床開発が始まりました。[4]


⑤ CNPという「もう一つの仕組み」

研究が進む中で注目されたのが、

CNP(C-type Natriuretic Peptide:C型ナトリウム利尿ペプチド)という体内のシグナルです。

CNPは、成長板の軟骨細胞において、FGFR3が引き起こすシグナルの一部を抑える方向に働きます。

そこで研究者たちは、「CNPの働きを利用すれば、働きすぎているFGFR3の影響を弱められるのではないか」と考えました。その研究から生まれたのがvosoritideです。[3]


⑥ 研究室から、臨床試験へ

薬が開発されるまでには、長い道のりがあります。

研究室で効果が期待できても、次の段階を経る必要があります。

動物実験
↓
第1相試験
↓
第2相試験
↓
第3相試験
↓
承認審査
↓
患者さんへの使用

vosoritideは2012年に健康な成人を対象とした第1相試験に入り、2014年には軟骨無形成症の子どもを対象とした第2相試験へ進みました。第2相試験では、骨の成長速度を部分的に改善する結果が示され、その後、第3相試験へと進みました。[4]

そして、研究開始から長い年月を経て、vosoritideは各国で承認される治療へと進みました。[4]

これは、軟骨無形成症の医学における大きな転換点でした。


⑦ そして現在――治療研究は「次の段階」へ

医学の進歩は、一つの薬が登場したところで終わりではありません。複数の治療候補について臨床開発が進められています。[5]

CNP関連

  • vosoritide
  • navepegritide(TransCon-CNP)

FGFR3を直接標的とする開発

  • infigratinib

その他さまざまな作用機序となる開発

  • meclizine
  • RBM-007
  • TYRA-300
  • BMN-333
  • その他の新しい候補

ただし、ここで重要なのは「研究されている」ことと「治療として使える」ことは同じではない

ということです。

臨床試験中の薬については、効果、安全性、長期的な影響、投与方法などについて、さらに検証が必要です。

また、研究開発の状況は変化するため、ご家族が治療について考える際には、最新の医学的情報と、主治医・専門医からの説明を確認することが大切です。


⑧ 30年前には「原因の特定」、現在は「治療の選択肢」へ

軟骨無形成症の医学のマイルストーンを振り返ります。

1994年
FGFR3遺伝子の変異が原因として特定される

↓

2000年代
FGFR3を治療標的とする研究が進む

↓

2010年代
CNPなどを利用した治療候補が臨床試験へ

↓

2020年代
vosoritideが承認され、実際の治療へ

↓

現在
複数の治療アプローチが臨床開発・研究段階へ

という流れを見ることができます。[2][4][5]

これは、希少疾患の医学研究がどのように進んでいくのかを示す、一つの例でもあります。


医学の進歩を「家族が知ること」の意味

Little Inclusive Japanが大切にしたいのは、医学の専門家だけが最新の研究を知っている状態ではありません。

専門的な論文をそのまま理解することは簡単ではありません。

だからこそ、「何が分かっているのか」「何がまだ分かっていないのか」「どこまで治療研究が進んでいるのか」「今使える治療と、研究中の治療は何が違うのか」を、ご家族が理解できる言葉で伝えることが重要だと考えています。

これは、治療を受けるかどうかを誰かが決めるためではありません。

一人ひとりが、自分自身や子どもの未来について考えるための「情報」を持つこと。

そのための情報を、できるだけ分かりやすく届ける。それも私たちが考えるインクルージョンの一つです。


「知ること」から「選択すること」へ

軟骨無形成症の医学は、診断する時代から、原因を理解する時代へ、そして、原因を理解する時代から、治療を研究する時代へ、さらに、治療の選択肢について、一人ひとりが考える時代へ。進んできました。

Little Inclusive Japanは、こうした医学の進歩を正しく、分かりやすく伝えながら、医療だけではなく、暮らし、スポーツ、教育、文化、社会参加、そして人とのつながり まで含めて、軟骨無形成症とともに生きる未来を考えていきます。

コメント